「Lighting」という言葉、「しょうめい」という言葉


「しょうめい」という言葉、それは「松明/まつあかり」と書いた言葉。

木の皮や枝を束ねて、それに火をつけたものを灯りにしていたが、松は油分を多く含んでいるので、夜の灯りにするのには適していた。

それが「松明/たいまつ」。それが「しょうめい」の語源。



では、それが何故、「Lighting/照明」となってしまったのか?

ロウソク、菜種油、行灯と日本のあかりはゆっくりと推移した。しかし、文明開化から、そのスピードは加速する。石油ランプ、ガス灯、アーク灯(電灯)へと。あかりの進歩は日本の近代国家への歩みと同じ事だった。暗闇を克服し、明るい世界、時間を拡大する。環境にさようされるのではなく、人間が思いのままに環境を構築する。それはそのまま、日本の土着的な意識、慣習が知らず知らずの内に西洋化されたしまった事を意味した。

あかりの意識はがらりと変わる。暗闇の中で灯されるものから、暗闇を明るく照らし出す存在に。「Lighting」という言葉も輸入された。その言葉を日本語に変換する時にその時代の流れの中で言葉を変えてしまった。「しょうめい/照明」、それは照らし出す明り/明るく照らし出す。今までの古いものを脱ぎ捨てて、西洋に並ぼうと望もうとした心があるように思える。



モノの意味は歴史の中で変遷をする。「Lighting/照明」が間違っているという事はない。人には向き不向きもある。趣味趣向もある。だが、もしも、日本民族としての「あかり」は何かと言われたら、暗闇の中でともる存在を指すのではなだろうか。その時の「あかり」というものは光源だけでなく、あかりが吸い込まれる暗闇の領域も包括しているのだと思う。
[PR]

  by akari_tasaki | 2009-01-15 10:52 | アカリノコト

<< 記憶の中のあかり 篝火 綿花 >>

SEM SKIN - DESIGN by SEM EXE