誰が為に 何の為に 為に

とある田舎の小さな工場での話。

その工場では携帯電話の塗装をしています。

幾つかのパーツがあり、それらは別の工場からやってきます。製品としてやってくるので、保護の為に接続部分や壊れそうな部分にはカバーがされています。塗装の前にそれらを外します。カバーの外し方には順序があって、それぞれをそれぞれの人が作業します。カバーが外れたら、塗装の為のパーツを付けます。塗装してはいけない部分をカバーするパーツと塗装レーンに流す為の器具を付けます。レーンにも接続受け皿を取り付けます。

一時間程で、レーンを一周して来るので、仕上がったものはトレーに並べ。棚に置きます。塗装カバーと接続部品は捨てます。最初に外した破損防止のカバーやらも全て捨てます。

いらないものはどんどん捨てます。たった1つのものを塗装する為に、たくさんのモノが捨てられます。

塗装の人は仕上がりをよく見ています。どこがどう違うのかわかりませんが、首をひねったりもしているので、何か違うのだろうと思います。その表情は真剣なので、色々と聞いてみたい気もしますが、ふと思ってしまいました。

「誰が為に 何の為に」

こんなにもモノは必要なんだろうか。1つの製品を作る為に多くの廃棄物が出て、無駄も多い様に思える。作ったもの全てが消費されているのだろうか。そして、それらを作る人は何の為に作るのだろうか。ひょっとしたら、それを消費する為に働いているのではないだろうか。消費する為に一生懸命働く。その連鎖はおかしくはないだろうか。あやうくはないだろうか。

取り付けて目の前を流れる大半は捨てる部分で構成されたパーツを見ながら、本当に笑えた。

スゲェーな日本、スゲェーな消費社会。あっぱれ製造業。
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  by akari_tasaki | 2009-10-08 22:57 | ヒビノコト

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