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移動写真展 in Hidari Pocket


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埼玉県栗橋市にある「朱莉屋」で写真とアカリの展示をしたのは去年の11月の事。

写真の評判は割と悪くない。喜んでもらえるのなら、それで良い。それで少しでも楽しい事が増えるのなら、それで良い。

今日から5月8日まで、移動カフェ「Hidari Pocket」にて写真の展示をする。タイトルは「移動写真展 in Hidari Pocket」

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タイトルなど考えていなかったが、マスターのケンジ君が「タイトルを付けましょう」とせっかく言ってくれたので、考えてみた。移動カフェの「移動」は勿論だが、この写真のディスプレイはパタパタと畳める様になっているので設置と撤去が簡単に出来る。「移動」カフェの為の「移動」するディスプレイといったところ。

いつでも、どこでも出来る。そんな手軽な感じが良い。

改善すべき点はあるが、それはやってみてわかること。やってみたらわかること。

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「Hidari Pocket」にて珈琲時間のお供に。

「Hidari Pocket」
http://cafehpocket.jugem.jp/
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  by akari_tasaki | 2010-04-14 01:15 | ヒビノコト

おにぎりを持って

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よく晴れた日だから、おにぎりを作って畑に出掛けた。
おにぎりはごま塩のみで、
新聞紙に包んで、輪ゴムで留めた。

久しぶりの畑の中央一列に菜の花がきれいに咲いていた。それは放置された白菜が咲かせた花だった。思惑通り、種が採れるかどうか。



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久しぶりの畑にはカフェ「MORO`S CAFE」がオープンしていた。
このカフェは果てしなく続くオープンテラスのカフェだ。イスとテーブルがある。陽射しの強い日にはパラソルが立つ。
メニューはない。各自が持ち寄ってお茶をする。



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ひとしきり畑仕事を終えたら、畑を臨みながらのモノツクリもたまには良い。
青空の下の何も無い場所で、ただ作る事は良い。
カラスが鳴いたら帰れば良い。
それくらいで丁度いい。



「モロカワノハタケ」
http://ameblo.jp/morohata/
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  by akari_tasaki | 2010-04-13 23:31 | ヒビノコト

2010年の100日目


2010年4月10日(土)は2010年の100日目。

高円寺の能舞台で舞いを観た。

個人の邸内にある能舞台というものを初めてみた。家の中という事で広さに制約があり、ストイックになってしまう空間が質としてはとても良かった。いい空間だった。オイリュトミーの舞いも、笙の音色も、鉄のスリッドドラムの「波紋音」という響きも格別だった。

最寄り駅は丸の内線の新高円寺だったが、JRの高円寺を使い、街の風景を見ながら、音を聞きながら、ゆっくりと歩いた。小学校ご入学を果たした一番下の甥っ子さんはプレゼントに「カッコイイ服」が欲しいとの事。高円寺の街をゆっくりと物色して購入した一枚のTシャツを喜んでくれた。

駅前の立ち飲み屋で焼き鳥を3本買って、歩きながら食べた。

「2010年の100日目」は少なくて良き日だった。
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  by akari_tasaki | 2010-04-13 00:37 | ヒビノコト

コンドルと狼 東京の大阪


コンドルズの舞台を初めて観に行った。以前から知っていて、観に行きたいと思いつつ、チケットを手に入れる事が出来なくて、行けないままに。曖昧な「いつか」でボッーとしていた。

初めての観劇が実ったのは些細な偶然。偶然とは面白いものだ。強く願っている時には叶わず、気を抜いているぐらいの時の方が良かったりする。

少し前に近藤良平さんの舞いだけを見る事が出来たが、何だかダンスを越えている様に思えた。動きと力、流れが別物のように思えた。

今回の舞台も多いに笑い、ジーンと胸を打たれて、心躍る様な時間だった。それはダンスというものを越えて、表現として、空間全体を魅了してくれた。楽しませてくれた様に思える。体と心に響く良い時間だった。

私は私のすべき事を早く帰ってしなくてはと思えた。



公演が行われた三軒茶屋から渋谷までを246沿いに歩いた。カブで何回か通った事はあったが、それはつうかしただけ、時間もあったので思うままに寄り道をした。古本屋が通りの反対側にあった。いい雑貨屋があった。美味しそうなつけ麺屋があった。何軒かの雑貨屋に入り、カレーパンを買い食いし、納豆専門店で「納豆生姜焼き丼」なるものを食べてみた。納豆は美味しい。生姜焼きも美味しい。だが、美味しいからといって合わせる必要はない。「麻婆茄子牛丼」以来の勉強になった。

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急な下り坂の広くはない道の入り口に「大阪」とあった。こちらが旧厚木街道、厚木までの道のりでこの坂が一番の大きな坂だったので、「大阪」と呼ばれる様になったと由来が書いてあった。

厚木まで続いているんだ。

ここがきつかったんだ。「あの大阪が」とか、「大阪を越えたら後は別に」とかいう会話があったんだろうか。

246を作った時にどんな変化があったのだろうか。

東京に「大阪」があった。

歩いているとこんなものに出会えるからいい。

それは小さな旅の小さな発見、喜び。

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  by akari_tasaki | 2010-03-30 11:12 | ヒビノコト

いい夜だ。


今日はいい夜だ。

働いて、メシを美味しく食べて、Joyce Cefeに行き、美味しい珈琲を飲んで、創るモノの話をし、友達に会って、よく笑う。

久しぶりのゆっくりとした夜だ。

友達の一人はこれから一仕事し、別の友達も一仕事。もう一人の友人はここからまた北へ移動する。

ある人は飲んだ帰りに、珈琲を一杯ひっかけて、気分良さそう帰っていた。

私はうどんを食べたい衝動を抑えつつ、すべき事をして、さっさと眠るだけ。



帰りの車中でラジオからゴーギャンの言葉が流れた。

「我々は何処から来て、何者で、何処へ向かうのか?」

その問いに言葉で答えなくとも、今の気持ちで事足りる様な気がした。



いい夜だ。



Joyce Cafe
http://joycecafe.exblog.jp/
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  by akari_tasaki | 2010-03-20 22:39 | ヒビノコト

「星川」と「案内人」と「    」


埼玉県熊谷市に行った事はある。通過した事はある。けれども立ち寄った事はない。通過するのと立ち止まるのは大きく違う。更に、一人で立ち止まるよりも、案内をしてくれる人がいると尚、良い。小さな事を教えてくれる。小さな事だが、それは表面的ではない中身のあるものを教えてくれる。


熊谷市に「ホシカワカフェ」というカフェがあると聞いた。人から聞いて、その場所に足を運ぶに至るには時間がかかったり、行かずままに終えてしまう事もある。けれども何となく聞いて間もなく足を運ぶ事がある。「ホシカワカフェ」は後者。去年の12月に聞いて、3ヶ月後というのは私にしては珍しく早い。そこに理由は無く何となく。


「何となく」はあまり悪い方には働かない。良い方に働く。「ホシカワカフェ」は星川という川に面して立つ一軒のカフェ。その空間は軽快で明朗で明るい。空間や作られる物はそのオーナーや作り手の個性を反映している様な気がする。マスターと多く話せたわけではないが、何となく心地よい。また訪れる楽しみがある。


他の地方都市と同じ様にシャッターの閉められた並びも目立つが、気になる店や個性的な佇まい、新しいお店も目に付く。そんな事も一緒に歩いてくれる人がいないと気付かない事。いい時間を過ごさせて頂いた。いい出会いをさせて頂いた。



小さなアカリが1つ、若い手に渡った。アカリを1つ、「ホシカワカフェ」に置いて来た。



「ホシカワカフェ」
http://www.hoshikawa-cafe.com/
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  by akari_tasaki | 2010-03-19 22:11 | ヒビノコト

ラヂオの時間


緑のヤツには多くの物が無い。

後部の左側のドアの内側のノブ類がないし、後部座席シートの頭も無い。オートロックも無い。クーラーも無いし、4WDでもない。CDチャンジャーもMDもない。

ないものが多いが、変りにAF/FMラヂオがある。


ここ数年、流れて来る音を自然に耳が拾う事があっても、自分で聞く事がなかったラヂオ。不便かと思ったが、これが割と楽しい。

知りもしない人が、その日その時のいろんな事を喋っている。興味も何も無い、名前も知らない人の歌や曲が流れている。

自分の興味があるものや好きな物だけを選んで得るのではなくて、そんな事には関係なく、情報が流れて来る。

この時間は新鮮だ。思いのほか、新鮮な時間はいい。

いつもの日常だけれども、それだけで風景や見え方が、少し変った様な気がする。
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  by akari_tasaki | 2010-03-17 21:41 | ヒビノコト

旅の定義


言葉のイメージは人によって様々で、それは平田オリザさんの「演劇入門」という本を昔読んでから忘れる事がなかった。同じ言葉で違うイメージ。イメージの共有。擦り合わせ。


旅という言葉。たまに出掛けると、旅をしてますねとよく言われるが、その「旅」という言葉がいつもしっくりとこない。ちょっと行ってくる、見たい物があるから行く。一日や一泊二日なら正に「ちょっと行って来る」だし、4日も中途半端で微妙。1週間を超えると「旅」と言われる事に反論は出来ないかと渋々、思っている。

「一泊二日は世間一般では立派な旅」

久しぶりにあった友人に言われて、目から鱗が落ちるとはこの事かと思った。「世間一般」というところに気付けなかった。私は私の中のイメージがしっくりしなかったから、いつも腑に落ちずにいたが、そこなんだと深く頷けた。



車の後部には畑道具一式と工具類を積み、寝れる様に薄いマットを敷いて、寝袋も積んだ。市内の温泉にいつでも行ける様にお風呂セットも積んだ。水のタンクも積んだ。これは移動手段ではなく、私の「出島」だとイメージしていた。これで、いつでもどこでもと。その話をすると、決まって「どこまでも行けますね。旅が出来ますね」と言われる。それは間違いではないが、やはり違う。畑仕事したり、どっか行った時に昼寝したりするのが普通に楽しそうじゃないかと思っている。



「旅」だから、遠くとか長い時間をかけたものというイメージがない。近くでも短い距離でも楽しめれば、それも「旅」なんじゃないかと思う。自転車の小さな旅を良くしていたからそう思うのかもしれない。旅という言葉のイメージを伝えるのは難しい。
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  by akari_tasaki | 2010-03-13 20:15 | ヒビノコト

1つ生まれた。


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何も無いと言えば返す言葉も無い小さな町に小さな空間が生まれた。



家の裏手には竹藪があり、更に土間と蔵がある古民家に移すんだ御夫婦はマイペースだが1つ1つ丁寧に家作りをされていた。

ご主人は玄関のアプローチに敷石を敷き、造園をされていたのを見た事がある。奥さんは土間を使い勝手が良い様に工夫をされていた。

その頃は、ボロボロの蔵はそのままで、いつかはと話されていたが、それを実現された。こけら落としに二人芝居を公演。名が無くとも大仰な大義名分が無くとも、ただ良いと思えるものは何となく良い。



小さいが良い空間が生まれた。

アカリも灯っていた。
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  by akari_tasaki | 2010-03-10 23:08 | ヒビノコト

さらば飲まん


ゲーテの好きな詩に「さらば飲まん」という詩がある。友人の祝い事の時にいつも思い浮かぶ詩。けれども手元にある詩集には、その載っている筈のそれがない。タイトルが違うのか、何かの記憶違いなのか、もう一度、読み返さねばなるまい。読み返す時だというサインかもしれない。



土浦へ遠出をした帰りに見た空に厚い雲の塊があった。それに両端から亀裂が走った。亀裂は段々と深くなり、中心で大きな穴となった。それは蓋をめくり揚げた様な形。そこからは光の筋が何本も走っていた。それを「天使の階段」と呼ぶと昔読んだ本で覚えた。

曇天模様の空に神々しく指す光の筋は本当にそうかもしれないと思える。

それはウィキペディアでは「薄明光線」と出ていた。
http://ja.wikipedia.org/wiki/薄明光線



私の頭の中の「さらば飲まん」の最後に出てくる「門がひらいて喜びが溢れ出す。雲が輝いて切れ間が晴れる。
」とは、まさにこういう事なのかもしれないと、ふと思った。




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今日はめでたい集まりだ。だから、兄弟よ、「さらば飲まん」
元気をつけて、「さらば飲まん」

昔からよくいわれたいい言葉だ。
何にでも、どこにでも、これはどんぴしゃりだ。
一斉にこだまのようにひびくのは、すばらしい「さらば飲まん」

そこで思うのは「さらば飲まん」

何かいいことがありますように、それ「さらば飲まん」

では、友よ、「さらば飲まん」だから、もう一度、「さらば飲まん」

門がひらいて喜びが溢れ出す。
雲が輝いて切れ間が晴れる。
 ではグラスをあわせて「さらば飲まん」
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  by akari_tasaki | 2010-03-09 19:18 | ヒビノコト

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