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八つの手。


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今月はちょっと休んでから、怒濤の様に過ぎていった。特に先週は休む間もなく予定が立て込み。作って、考えて、アカリを灯して、仕事してを繰り返した。一年がキュッとしまった。

そのかわりに家に戻って来た荷物はそのままになっている。大掃除も終えていない。机周りの整理と写真の整理を終えたのが精一杯。

ほぼ一週間の出来事を日を追って、ブログに書いた。それは日記とは呼べない。それは記録。写真も私にとっては記録。きっと「記録」という事が好きなのだと思う。

記録されていない抜け落ちた部分も多くある。今年は7月、8月、9月が手帳のスケジュールで空白となっている。空白となっているが予定通りにはいかない良い夏を過ごした。



先週の事も覚えてはいない。今年一年の事も、数年前の事も。

久しぶりに会った人らは元気だった。母となった人達は雰囲気が変っていた。それは腰の落ち着きのようなもの。私は赤い自転車の試運転がてらに、その場に居合わせたが、あまり居合わせなくなった昼下がりのワイワイとした時間もたまには良いかと思った。一年に一度か、二年に一度くらい。



あくびをしたら、高校生の頃も良くしていたと言われた。癒し系だったと言われた。先日、仕事中に「顔を見ると癒される」と突然言われた。理由は私が余裕を持って仕事をしているからだそうだ。別の友人が「昔の写真は」というので一昨日アルバムを久しぶりに見たところで、昔が随分懐かしく、変った様に思えたが、昔から変っていないのかもしれないと思った。



家庭用餅つき器で餅をつき、母と甥っ子らが4人で丸く形を整えていた。写真にしてよく見ると慣れた手つきで餅を丸くする母の手の形、しわがよく分かる。慣れない手つきのつるんとした子供らはきっとこれから、幾らでも上手く餅を丸められる。
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  by akari_tasaki | 2009-12-30 21:04 | ヒビノコト

白菜


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秋から畑で唯一、植えられていた白菜を八城農園の和也君が届けてくれた。

無農薬で何もせずに育ったそれは虫食いが酷かったが、中身はよく出来ていた。

これで何を作ろうか。

先日、松本で身も心も温めてくれた白菜と豚の鍋にしようか。この間、初めてしたレンジ調理にしようか。どちらにしろ美味い事は確約されている。


家の横の畑に植えたモノは霜にやられ、全滅した。植える時期だけは重要だと実感出来た。プランターで栽培したものらは成長が遅いが、順調。


来年は何を植えて、栄養としようか。
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  by akari_tasaki | 2009-12-29 20:32 | 畑ノコト

赤いヤツがやってきた。


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赤いヤツがやって来た。

赤いヤツは阿佐ヶ谷からやって来た。

赤いヤツは10年選手、私が3台目のオーナーになる。


赤いヤツはレトロな車に乗ってやってきた。

クリーム色のレトロな車は今の流行りではないフォルムで、カッコ良かった。

クリーム色のレトロな車はレストア進行形。丁寧に時間をかけてされてく仕立てられていく。


赤いヤツは2010年の時間の使い方を変えてくれる。

赤いヤツは2010年の味わう風景を変えてくれる。

赤いヤツは2010年の幾つかの街の道を駆け抜ける。


赤いヤツを届けてくれた友人に感謝。

赤いヤツが手元に巡って来た事に感謝。
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  by akari_tasaki | 2009-12-28 19:54 | ヒビノコト

身体の動き


バレエを観た。それは一番前の席の左隅。

そんな席で観たのは初めての事。いつも2階バルコニー席や当日立ち見席、後方奥の席。細部が見えなくとも、味わえればいいと思っていた。実際、それで十分楽しめていた。

開演前、そばのスピーカーの音が五月蝿くて嫌だなと思っていたが、始まるとそんな事は忘れた。

演者の筋肉の動きがよく分かる。どこに力がこめられていくのかがありありと分かる。呼吸が聞こえる。息づかいが分かる。流れる汗が分かる。一番前の世界はいい。

数メートル先で行われている事に席を立ち、数歩進んで段を上がれば参加出来てしまう。けれども、それはしてはいけない。

男性の筋肉は隆々と隆起し、女性の身体は美しい曲線を作り出している。

身を前に乗り出して、舞台を味わった。言葉のない、身体の動きの世界がやはり好きだ。私はこれが好きだと思った。


贅沢な良い時間だった。
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  by akari_tasaki | 2009-12-27 19:40 | ヒビノコト

ライブでのアカリ

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栗橋駅から歩いて10分程の住宅地の中にある一軒の平屋のカフェ「朱莉屋」にて、今年最後のアカリを灯しに行った。

「朱莉屋」
http://blogs.yahoo.co.jp/akariyayasuko


今日は森圭一郎さんのライブ。「朱莉屋」に彼が打ち合わせをしに来た時に私のアカリを見て、声をかけて下さった。私一人なら、きっと作り続けてくる事は出来なかった。声をかけてくれる人がいるから、こうしてこれたと、いつも感謝している。

「森圭一郎」
http://keiichiro.com/

夏から数回あった灯す機会を経て舞いに灯し、アカリと配線周りのセットが出来たの前回。セットで迎える今回。今年最後にやれて良かった。

森さんの歌は素晴らしい。アンプを通さない、生歌は初めてだと言っていたが、私はそれが良かった。広くない空間で14、5人の人達に伝播する歌と音楽。それは心地よい。あいにくと横で調光などをしながらの事で、聴くという事に集中は出来なかったが、それでも良かった。

朱莉屋の温かな空間も良い。森圭一郎さんのライブも良い。食事も美味い。人の温かさも良い。

後は私が頑張るのみ。光の質を変えるという事、観る人の視線、演者の意志を理解するという事、考えるべき事がわかった。足りない事があるから、次にどうすべきかと考えられる。



それは恵まれている事だと思う。
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  by akari_tasaki | 2009-12-26 19:22 | アカリノコト

勤行

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東京は本應寺にて朝の勤行に参加した。

寺も教会も好きだ。教会のミサにも参加してみた事がある。教会は神聖さに対して巡礼をしているような感じがする。宇宙や壮大な存在に対して。教義云々は抜きにして、その時代その時代に人生を捧げた人の力や教会建築を作り上げた情熱とその空間は尊敬が出来る。神聖な空気に身がしまるが、ミサでは寝てしまう。どうやら、向いていないらしい。

昔、高野山を訪れた時に、本堂での灯籠の壮麗さと線香の匂い、どこからか鳴り響くお経の声に震えた。頭で考えるよりも感覚で、すごいと思えた。

ミケランジェロのピエタも好きだが、円空の木彫りが好き。

だから、本應寺に出会えた意味は大きいと思う。23日の晩に泊めてさせて頂いた。

あわのほしまつりから数えて何度かの勤行というお経を上げる時間に参加した。当然、馴染んではいないが、この時間は好きだ。外ではなく内と向き合えている気がする。内と向き合う事が外にも繋がる。

2010年、折をみては参加するだろう。



廊下の雑巾がけが懐かしかった。

手打ちの十割蕎麦が美味かった。

朝、前日のおにぎりを焼きおにぎりにしたのが美味かった。

ここにいる人達が魅力的だと思えた。

お経、勤行は当り前の事に感謝する為のものという御住職の話が心に残った。
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  by akari_tasaki | 2009-12-25 17:14 | ヒビノコト

ボーダレス ただ、そのままに



川の水が高いところから低いところに流れる様になれれば「ボーダー」も無くなる。


無意識の内に作ってしまう、イメージしてしまうものは拭えないのかもしれないが、身体の奥底が、どこかの細胞が分かっている事だから、何度も何度でも繰り返せばいつかきっと、頭で作る「ボーダー」を身体が越えてくる筈。


身体を信じるという事。手を信じるという事。感覚を信じるという事。



正しいか、正しくないかなんて考えてはいけない。その必要なない。

ただ、ありのままに。感じるままに。

そのままに。
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  by akari_tasaki | 2009-12-24 23:26 | モノツクリノコト

7つのアカリ

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アカリをともした。

お寺でともした。


嬉しい事に、舞いに添えるという予定だったが、私の不手際があり、それは叶わなかった。そのかわりに玄関口、迎える場所に7つのアカリを灯す事が出来た。

予定どおりにすることは当然、大切。けれども予定から外れた時にどうするか考える事も大切。

何かをすると、出来た事と出来なかった事がわかる。この次にどうすべきかも考えられる。そうやって朧げだった事柄の輪郭は鮮明になっていく。

夏から個数を追加し、3回、4回と回数を重ねて、舞台ライブ照明セットが出来上がってきた。次で、より明確になる。



舞いはアマミ舞い。舞台横でかぶりつきで見せて頂いた。細かな事はわからないが、動きが止めどなく流れていた。表情が、目がまっすぐに何を見ているのだろうと気になった。

舞いはいい。
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  by akari_tasaki | 2009-12-23 16:41 | アカリノコト

冬至の夜に




冬至の夜に


一年で、もっとも昼が短く、夜が長くなる日に


小寒、大寒、立春、雨水、啓蟄を経て、春分、春へと向かう
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  by akari_tasaki | 2009-12-22 19:10 | ヒビノコト

松本にて

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松本にて



小さなアカリを1つ灯してもらっているカフェ「マトカ」で美味しいカレーを食べた。食後のミルクティーも美味しかったのでうたた寝をした。



「おきなわ堂」という洋食屋で丁寧に作られたカレーを食べた。ここにはまた来る。



まだ家具も生活道具も何も無い家、何も無いがコンクリートの広い土間がある。土間に青いベルベットが座面に張られた仕立ての良いイスが一脚置かれた。

近くのスーパーで買った「安曇」という味噌と醤油、ダシに塩コショウ等が流しの正面の明り取りの窓に並んでいく。ティッシュもトイレットペーパーも買った。布団も買った。けれどもコタツとストーブが無い。「何とななるもんだ。欲するものはなんとなく集まるものだ」。カフェ「マトカ」では炊飯ジャーを貰い、夏に出会った人に偶然出会った。偶然であったその人が布団とストーブを貸してくれた。

貰い物のカセットコンロと鍋で白菜と豚肉を塩コショウで頂き、一日を満足に終え、翌朝の寒さには鍋の残りと味噌汁とご飯で気合いを入れた。大きな湯気をたてる温かい食事をとると身体の芯から温まる。味噌汁の一口に「あ〜」と言葉がもれる。


入浴料300円の近くの温泉も身体を芯を温めてくれる。寒かったのが嘘の様に平気になる。


オブジェと椅子の1/10、1/5、1/1の模型を並べる。土間に置いてみる。見てみる。話してみる。どうなるかを考える。それでも実際に作ってみないとわからない領域がある。それは一か八かなのか、可能性なのか、不安材料なのか、行ったり来たりする。ただ今回に関しては1/10で形が出来過ぎてしまった為に実作に際しては「不安材料」の割合が大きかった。

頭でわかっている事はうまくいかない。頭で中途半端にわかっている事が身体と手がわかっている事に無意識の内にストッパーをかけているたがをどうやってはずしてやるか、自由にさせてやるか、きれいに作ろうとしない事をどうやってするか。きれいに作るのではなく仕立てを誠実にするにはどうするか。



素材と形と向き合う

くだらないものをそのままに

うまく作ろうとしない

自分の眼と手、無意識を信頼する



そんな話を出来ただけでも松本に来た甲斐はあった。




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安曇野にて


松本から40分で安曇野の着く。安曇野の風景の色は「白」、静寂に包まれた白く化粧された林の中の一軒の雑貨屋に行った。そこにあるのもは整えられていない静かな佇まいのもが多くあった。整えられているものも過剰ではない。余計なのもはない。どれも普通に良い。私をここに連れてきたかったという友人の心を忘れたくない。頂いた心を形にしたい。



寒いのは嫌いだ。でも冬の冷たい空気と澄んだ空は好きだ。厳しいから風景と空気が美しくなる。松本の風景はとてもきれいだ。寒いのは嫌いだが、雪を、空を、山を、川をじっと見ていられると思える。それに空が低く、雲が大きく広い。連なる山々の稜線は鮮やかで、遠くの山は静かにフェードアウトしていく。

嫌いだけど好きだ。
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  by akari_tasaki | 2009-12-21 12:16 | ヒビノコト

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